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妬み?

  • 執筆者の写真: zumin
    zumin
  • 2020年3月17日
  • 読了時間: 3分

あれ?

イントロ忘れた。

。。。

とりあえず昨日の写真は谷繁のユニ着て横浜スタジアム行った時の写真。

はっきり言ってこういうの迷惑。

妹からのお願いだったので許して下さい。

谷繁は横浜の時から好きだったので持っていました。

あの時のベイスターズは好きな選手多かったなぁ。

鈴木尚典とか、タクローとか。

タクローはベイスターズの時のユニフォームも持ってます。

前に市大の学生に野球観戦誘われたときに着た以来飾ってあるだけだけど。

どうも、ズミです。


少し昔のこと思い出して。

人からの嫉妬は嫌だったなぁって。

嫉妬されるような人間か?

というツッコミはとりあえず引っ込めて下さい(笑)

前に書いた統計学会からの受賞のときもそうだが、ドクターの学生には学振の特別研究員への応募資格があって、それ採用されたときも。

みんな欲しいもの(らしい)。

おれは研究員に採用されて塾のバイト辞めなきゃってことの方が大きな問題だった。

ずっと見てきたこの子達とお別れしなきゃいけない。

兄弟姉妹でお世話になった親御さんたちともお別れしなきゃいけない。

この時ばかりはある程度繋がりのある親御さんには挨拶をしました。


少しずつ周りとの距離みたいなのを感じるようになったのはこの頃からだったと思う。

最初は辛かったかな。

なんでだろうとか。色々考えていたような気がする。悪口とか批判もあったからね。

気がする

ってのは今は取るに足らないことだからだろうね。つまんねーなーってくらい。

あ。これドクターっぽいとか思っていたのもあった気がする。

悪口とか批判してる時間あれば勉強すれば?お前暇だな。

ってのが俺の意見で、もっと先を見ていた自分にはこの感じが足枷にしか感じていなくて邪魔すんなよってイラつきもあった。

足引っ張ることってのは今でもあるけど、この足の引っ張りははっきり言ってムダだし、そいつらのエゴだな。と。

おかげで俺は博士になれた。

だから感謝してます。

でも、これ結構精神的には辛かった時期で。

俺が助かったのは瀬尾先生と信頼できる友人。そんなに強い人間ではないんで。

瀬尾先生は俺のやってきたことをずっと見てきてくれていたし、認めてくれていた。

信頼できる友人は何人もいて、だから外野のわけわからん意見や言葉は気にしていなかった。

別のことで精神的に参っていた時だったから本当に感謝しています。

大事な人って多分こういうときに気がつくものなのかな。と、この時は思いました。



あの日の僕は

すれ違う すれ違う小さな雲を

いつまでもただ見つめてた

僕の腕に抱かれた君は

こんなにも こんなにも

消えそうな白い雲


Matsuoka (1997)


今日までSOPHIA。

90年代やなぁ。

80年代のバブリーな感じと違うこれが90年代の曲だったなぁと。

ではまた。

おやすみなさい。




 
 
 

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