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にじ

執筆者の写真: zumin
zumin
2022年4月21日
読了時間: 2分

にじがにじが

空にかかって

きみのきみの 気分もはれて

きっと明日はいい天気

きっと明日はいい天気


Shinzawa (1991)


YCUデータサイエンス学部一期生が卒業していきました。

進学する者もいれば、就職した者もいる。

まだ残っている子もいる。

それぞれに悩みが出ることもあるだろうし、自信をつけたこともあるだろう。

一期生というのは誰も踏んだことのない道を進む必要があり、そこにはたくさんの苦労や不安があったのだと思う。

それは教員達も同じで、教員達も誰も踏んだことのない道を歩いていた。

そこを一緒に歩くことと先を示すことを強く意識した4年間でした。

学生、教員だけではないか。

それを支えてくれていた事務の方達も同じく初めての道を歩いてくれていた。

だからこそなのかな。

お互いの想いの共有が大事だったよね。

そこでは傷つけ合う必要もないし、足を引っ張り合う必要もないはずで。

でもお互いの正しいことの理解が相互に進まなければ人は人を信じることは出来ない。

僕はたくさんの人達から必要とされていることを感じていたけれど、僕は自分の子供達を守る事以外の事はあまり出来ていなかったと思っていた。


少し距離をとった今はどうだろうか。

成長した自分には出会えたのかな?

物足りなさの残る自分にしか出会えていないのかな?

出来なかったことの悔しさばかりだった自分をとても客観的に見ることが出来ていて、今は自分の時間をこれだけ持てていることに戸惑いもありながらもとても幸せな時間だと思えている。

僕らが作ろうとした未来はどこにあるのか。

その道はまだ進めるのか。

それは今も変わっていないかな。

僕には高い志もないけれども、学問に真摯に向き合うことの大切さや周りにいる人達に返し続けていくことの大切さはよく理解しているつもりだし、何よりもあの時作ろうとした未来を忘れていない。

だから、僕はまた先へ進むために、より大きな未来を作るためにみんなの想いを共有出来る学部を作りたいと思う。

あの時こうしていれば、とかはやっぱりあるかもしれないけれどもきっと大丈夫。

経験をした自分は前の自分よりも少し大きくなっていたから。



あの子のえんそく 一日のびて

なみだかわいて くしゃみをひとつ

くもがながれて 光がさして

みあげてみれば


ラララ にじがにじが

空にかかって

きみのきみの 気分もはれて

きっと明日は いい天気

きっと明日は いい天気


Shinzawa (1991)


 
 
 

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