
からっぽ(zumi, 2007)

2 日前
読了時間: 1分
愛という名のお守りは
結局からっぽだったんだ
A. Fukuoka (2007)
「からっぽ」って言葉から連想することってなんですかね?
僕はすごく悲しい映像が浮かんだ記憶があります.
なぜでしょうか?
これはそういう形を何かから受け取ったからだと思います.
しかし,からっぽとは限りがないのだとも思います.
そしてこちらの方が真実に近いような気がします.
そもそもの前提.形などないものの方が多いのです.
そんな自由を認めている人間であるのならば,
からっぽなのはやはり限りのないものとは思えないでしょうか.
うん,むずかしいね,書くのって.
命の砂時計は
結局からっぽだったんだ
A. Fukuoka (2007)
※2007年のzumiの発言です。質問答えられないと思います。
※※Theorem C7の解説を探していましたが、当時アップしていたgeocitiesが閉鎖されたので新規定理として近日中にアップします←誰も期待してねぇよ



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